軽井沢スキーバス転落事故の報道を受けて感じたこと

   

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軽井沢スキーバス転落事故は、2016年1月15日1時55分頃、長野県北佐久郡軽井沢町の国道18号碓氷バイパスの入山峠付近で、定員45人の大型観光バスがガードレールをなぎ倒して道路脇に転落した交通事故である。
乗員・乗客41人中15人が死亡し、バス事故としては1985年の犀川スキーバス転落事故以来の過去30年で最多の死者が出る事故となった大きな惨事で、記憶に新しい。

この事故では、多くの大学生の尊い命が奪われた。私自身も夜行バスを利用したことがあり、他人事とは思えなかった。

事故の報道は連日朝から夜まで放送された。
私もどうしてこんな大きな惨事が起きてしまったのか、
原因はなんだったのか、知りたいと思いニュースを見ていた。

しかし、肝心の報道は、私の求めていたものではなかった。

SNSから引用されたと思われる被害者学生の写真、それぞれの学生時代のエピソード、友人からのコメント、そういった被害者のドキュメントを描く報道ばかりであったのだ。

もちろん、被害者の家族や当事者の悲しみは計り知れないものであり、そこに寄り添った報道をすることを否定するわけではない。

けれども、報道というのはあくまでも平等かつ公平でなくてはならないのではないだろうか。

一方向ではなく、様々な角度から事故に関して切り込み、視聴者に問題を投げかける。視聴者はその情報をもとに、独自の考えをもつ。

最近のニュースは、どうしても一つの方向性を提示し、そこに視聴者を持って行こうとするように感じられてならない。

今回の事故に関していえば、被害者の立場だけではなく、加害者となってしまった運転手の視点、バス会社の視点、それぞれをまんべんなく報道すべきだったと私は考える。

そこがはっきりしてくることで、この事故の解決策を視聴者が一考できたのではないだろうか。

事件から約1か月経っているが、もうすでに事故は風化しつつある。

大半の国民に、「多くの命が奪われた悲しい事故のひとつ」として認識されてしまっているだろう。

それは、報道にも原因があるのではないだろうか。

女性 20代
北海道
軽井沢スキーバス転落事故の報道を受けて感じたこと

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