清原問題でコメントをする人々について

   

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元プロ野球選手の清原被告が保釈されました。

勿論、彼の活躍をよく知る世代としては淋しい限りです。

結局、寂しさに勝てなかったんだと思います。

寂しいから、飲んで遊び歩き、寂しいから違法薬物に手を出し、取り巻きの人達の心は見えていたんでしょうね、きっと。

人間、最後は一人だということに耐えられなかったんだと思います。

我々も、いつ、どんな形でどうしようもない状態になってしまうかはわからないと、自分では思っています。

勿論、彼のしたことははっきりとした違法行為で、庇う余地や弁解の余地は全くないのは当たり前のことです。

ただ、この手のスキャンダラスな事件があるといつも出てくる類の人がいます。

いかにも、自分は友人で、「いつも心から彼(彼女)を心配していたんだけれど、このようなことになって非常に残念だ。

自分にももっとできることがあったんじゃないかと思うと悔やまれてならない。

今後の彼が更生して新たな人生を歩んでくれることを心から願う。」みたな人達です。

勿論私見ですが、本当の友人ならこんな時に、したり顔でコメントしたりはしないと思います。

まして、例えば、かっこよく「人生の逆転満塁ホームランを打って欲しい。」みたいなことは軽々しく言えないと思います。

本当の友人で、彼の現状を本当に憂いて自分の無力さに対して自責の念にさいなまれている人なら、今後の彼の人生のやり直しの困難さをわかりながらそれを心から願う人なら、決して軽々しいコメントをその都度発することなどないような気がします。

「あの時、自分に相談してくれたら。」とか言う前に、「あの時、相談してもらえなかった自分」がいるはずです。

人に起こったことは、結局、多少の運不運や環境とかの影響はあるかもしれませんが、本人しか背負うことができないもの。

それを、ほんの少しでも一緒に背負う覚悟もない人に限って、こういう時に出てくるようでなりません。

男性 50代
奈良県
清原問題でコメントをする人々について

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